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2014年3月31日(月)
2013年度最後の日
ここのところに暖かい風に誘われて、校庭の桜が一斉に咲きました。
昨日は、強い風と雨に、桜の花はどうなるのだろうかと心配しましたが、何とか大丈夫
だったようです。明日から始まる新年度や7日に登校する子どもたちを桜吹雪がむかえて
くれることになるでしょうか。魚町門に植えたしだれ桜の開花も楽しみです。
さて、私、たいへんお世話になりました第一小学校での勤務も、教員としての仕事も、
本日で終えさせていただくことになりました。
あっという間の3年間でしたが、第一小学校では、どの年も心に残ることがたくさんあ
ります。中でも、子どもたちや職員と、ときには保護者や地域のみなさんとも、一緒にで
きたことがよく思い出されます。実現は難しいと思えても、「やりたい」という気持ちが
あれば何とかなりました。子どもたちがやりたいこと、先生たちがやりたいこと、いろい
ろ聞きながら挑戦しました。どれも、保護者の皆様のご理解とご協力、地域の皆様のご支
援があってこそ実現可能になったものばかりです。
ほんとうにありがとうございました。
この学校ホームページをお読みいただいた皆様、感謝申し上げます。
先日、アイパッドを手にしながら「これで見とるよ。」と見せてくださったお父さんが
みえました。夏にはブラジルに転校されたおうちのお母さんが一時帰国されたときに立ち
寄ってくださり、「ときどきみんなで見て話しています。」と教えてくださいました。とて
も励みになりました。
これからは、私も学校ホームページをときどき見ながら、みんなのことを教えてもらお
うと思います。駅を使って通勤しますので、町で会うことも多いかもしれません。
第一小学校がいっそう元気で楽しい学校でありますよう、いつも応援していたいと思い
ます。
では、第一小学校の皆さん、保護者の皆様、お別れします。ありがとうございました。
さようなら。
木 村 祐 子

2014年3月25日(火)
卒業生が残してくれたもの
卒業した6年生が、第一小学校に残していってくれたものの大きさを改めて感じること
がありました。
�‖感叛�作「ひまわりと笑顔」
6年生が、卒業後も学校に来て、卒業制作の絵のペンキ塗りをしました。
今年度の図案は、ひまわりの花がたくさん咲いている中に、「たくさんの人々に笑顔
を届けよう」と大きな字で分かりやすく書いてよびかけるものです。
夏に咲かせたひまわりの花と、6年生が学校のみんなを喜ばせようとがんばったこ
と、将来、たくさんの人を笑顔にする仕事への夢など、たくさんの思いがつまった言
葉だと思います。
殿町門を入ってすぐの渡り廊下にあります。
子どもたちがいつも自転車をとめているところです。
来校されたときは、ぜひ見て下さい。
�△澆鵑覆農鼎�に集まること
24日は、6年生がいなくなって初めての一斉下校でした。
職員室で仕事をしていた私を含めて5人の教員のだれもが、全く気づかないほど、みんな静かに集まって待つことができていたのでした。
これから、早く話が始まるいい集会や一斉下校ができそうです。

ひまわりが咲いた夏の看板 完成した卒業制作「たくさんの人々に笑顔を届けよう」
2014年3月11日(火)
3年目を迎えて
最近の報道の中に、「3年間、仮の校舎で学んだ友だちとともに」とか、
「離れた仮設住宅からスクールバスに乗り、中学校に通い続けた」とかという内容を聞きました。
わたしたちと同じ小学生や中学生を育てている学校も、震災以来、多くの困難を乗り越えてきて、今日に至っていることを改めて思いました。
3年前の当時の苦難や苦労、その後を経て今に至るまでのことを、もっともっと知る努力をしていこうと、強く思います。
6年生担任の大川教諭が、前日、子どもたちや保護者の方に宛てて出した通信を紹介します。
2011年3月11日から3年が経ちました。
この1年間、6年生の子どもたちと、東日本大震災のことを考え続け、
ひまわりで交流しながら震災を忘れないように取り組んできました。命を大切にすること、
自助・共助・公助を生かした避難方法を考えたこと、避難訓練をしたこと、原発事故による福島の状況といじめ・差別について考えたことなど、
6年生の子どもたちは、いつも真剣に話し合いました。
わたしが初めて被災地を訪ねたのは、震災後約1年経った頃でした。三重県の高校生たちといっしょに15時間バスに乗って、
まず「奇跡の一本松」のある岩手県陸前高田市に着いて驚きました。あったはずの家、電柱、道路、松林がごっそりとなくなっていて、
コンクリートでできていた学校や病院は、荒れ果てたまま残っていました。がれきの山も至る所にあって、平らにならされた土の上には、
あちこちにお花が供えられていました。その場所でだれかが亡くなったんだとわかりました。ものすごい数でした。わたしは、高校生やボランティアの
人たちと流木を洗う、ストラップに穴をあける、表面を削って焼き印を押す、ひまわりの種を蒔くなどの仕事をしました。そして翌日、
宮城県石巻市を訪ねたときは、少しずつ復興に向けてがれきの山は減り新しい建物が建ち始めていました。岩佐校長先生に大須中学校や
漁港を案内してもらい、震災のすさまじさや自分の町で力いっぱい生きている人々のたくましさを感じました。
2回目は、その年の7月末に木村校長先生、小濱先生と一緒に訪ねました。さすがに利用の多い空港や幹線道路などはほぼ回復していたようでしたが、
農村地域はまだまだという感じでした。地震、津波による傷跡は、たいへん深いものだと思っています。
今日は6年生が計画して、14時46分に黙とうを、全校で「花は咲く」「福島から伝えたい」の合唱をし、
亡くなった方々のご冥福と被災地の復興をお祈りします。
6年生は、一週間後の3月19日に本校を卒業して、4月からは中学生になります。
この3年間、活動や学習を通して、東日本や震災のことを考え続け、自分たちの活動を創りだしてきました。
これからさらに、新しい出会いを得て、どう続け、発展させていくのか、楽しみでもあります。ぜひ、東日本のことを忘れず、ともに生きて、ともに成長したいと思います。
2014年3月10日(月)
まとめに向かって
週明けの今日も、あいかわらずの寒さに震えましたが、もっと驚いたのは、自動車の
屋根やフロントガラスに雪が積もっていたことでした。 夜中のうちに降って凍り付いた
のだなと思いました。
学校では、春を待ちながら、学習も、学校生活も、まとめの活動でしめくくっていると
ころです。
2月の友だち集会では、一年間のまとめとして、各学年がつくってきた「友だち宣言」
の発表があります。どの学年もしっかり相談して作ってきました。そして、児童会役員が、
全学年の分を書き並べて額に入れ、各教室と校長室に贈りました。
どれも、よく考えられていることを感じます。
毎日ながめながら、友だちとのことをよく考えて過ごしていきたいと思います。

2014年2月31日(木)
町に出て、たくさんのご支援をいただきました。
校区フィールドワーク「わたしたちの町を知ろう��」
今年で3年目になりましたが、6年生と思い出をつくることと、自分たちの町をよく知って防災に役立てることを目的としています。
そのため、全体の企画運営を5年生が行い、6年生が町のことをよく知らせる役目を果たすようになっています。
6年生は、これまでの6年生がお世話になったように、松阪木綿の着物を着せていただき、訪問先の案内と説明に立ちました。
それぞれの訪問先に予めおじゃまして、見せていただいたり、お話を伺ったりしたことを、分かりやすく伝えられるようまとめ、
練習した成果を見せました。また、休憩所では、松阪茶を入れて、みたらし団子を食べる子どもたちにふるまいました。
5年生は、「はじめの会」「おわりの会」での説明や、第一っ子班の1年生から5年生に分かれて動く計画や実際に必要な注意などを想定し、
練習して本番にのぞみました。
どの子どもも、自分の役割をしっかり自覚した姿を見せてくれたと思います。
昨年のこの時期の経験からたった一年で、これほど成長するのだと、改めて感動させられました。
各班でいっしょに回る1年生〜4年生の子どもたちも、一生懸命話を聞いたり、道を歩いたりしていました。
大きい学年の子どもたちの姿を通して、学んだことも多かったと思います。
こうした活動を実現させることができるのも、町や地域の皆様のお力添えをいただいたお陰です。厚く、厚く御礼申し上げます。
○松阪呉服商組合様
○中北表具店様
○新座町自治会様
○樹敬寺様
○八幡屋呉服店様
○ベルタウン商店街様
○源芳みたらし店様
○カリヨン事務所様
○松阪市商店街様
○松阪市教育委員会文化課様

2014年1月31日(金)
深まっている子どもたちの力
担任の先生が出張などで留守になるとき、かわりに教室に行って、自習の手助けをしたり、授業をしたりすることがあります。
先日は久しぶりに4年生に行きました。ちょうど国語の時間で、内容は「季節の言葉 ― 春立つ ―」のところでした。「春立つ」とは、
「立春」のことを指します。今年は2月4日が立春に当たりますが、現在の暦より1ヶ月ほど後にずれていた旧暦でのことなので、
春と言ってもあくまでも暦の上だけで、実際にはまだまだ寒いです。でも、この頃から、春の訪れを待って、小さな変化を見つけようとする気持ちは、
季節の移ろいがある日本では多くの人が共通して持つのでしょう。
教科書の2ページだけの短い教材でしたが、日本列島の地図と写真、添えられた説明の文や、短歌や俳句を読み返しながら、
子どもたちと一緒に、気づいたことや分かることを出し合いました。
説明の文は「日本列島は南北に長いので、同じ時期でも様子が大きくちがう」というものでした。掲載された3枚の写真の1枚は、
北海道の1地点を指し、雪に埋もれた煉瓦造りの大きな建造物が映っていました。「これは何でしょう。」と尋ねました。「駅かな。」
「学校。」「何やろ。」と言いながら、たくさんの子どもが机の中から地図帳を出して、写真の場所として示されている町の名前を探しています。
やがてすぐに「札幌市や。」と見つけました。「札幌市は北海道全体の仕事を進める町です。これはその仕事をする建物です。何という名前でしょう。」
と尋ねました。「うーん…」と困りながらも、私が答えを言おうとすると、「ちょっと待って。」「言わないで下さい。」などと粘って考えます。
「三重県で言えばどこか、というのがヒントです。」と言ったら、「道庁だ。」とたどり着きました。合わせて「東京都は。」「全国で2つしかないのは。」
などとも聞いて、道庁、都庁、府庁、県庁を確かめました。
この話し合いをする途中で、子どもたちは、地図帳や国語辞典や教科書のあちらこちらをめくっては調べ、発表し、考え考えしていました。
粘り強くなったなと感じました。どの子どもも問題を解決しようと考え続けて、友だちの発言もよく聞いているなとも思いました。
写真の2枚目は、関東から、満開の梅の木を眺めながら赤い欄干の橋を渡る人々を映したものでした。また、3枚目は、沖縄の1地点を指して、
赤茶色の屋根瓦の上にシーザー、その背景には満開の濃桃色の花が映っていました。どちらも梅やシーザーを手がかりに答えを出し合いましたが、
梅の花は水戸だろうという答えと、地図上の地点が合わず、問題が残りました。
ところが、次の日、一人の女の子が答えを見つけてきました。それは東京都の亀井天神でした。
家で家族と話していて教えてもらったそうです。これも学習の力としてたいへん感心させられました。
4年生の子どもたちとのこのような楽しい時間を過ごしたこともあり、今年の節分や立春の日はひと味ちがって迎えられそうです。
2014年1月1日(水)
あけましておめでとうございます
新年を迎えました。
あと3カ月で、2013年度(平成25年度)は終わり、子どもたちも新学年に進みます。6年生は中学生です。
12月10日の親子人権学習会で、昭和19年の昭和の東南海地震で津波を体験された鈴木美文先生に、
話の後で子どもたちが感想をどんどん発表したので、先生がずいぶんほめてくださいました。また、
参加していた保護者の方も感心してくださいました。司会をしていた6年生が、手をあげている子どもを指名するのに、
どの子のこともフルネームで呼んでいたのがとくにびっくりしたと言ってくださいました。第一小学校のよいところをよく見ていただいていて、嬉しくなりました。
1月「冬季避難訓練」、2月「わたしたちの町を知ろう」、これらの全校活動も3年目を迎えますが、
当日までの活動や学習も早いうちから準備されるようになってきました。6年生から5年生への、
高学年の役割の受け渡しも含め、さらに、第一小学校のよいところが引き継がれていく大事な機会でもあります。
一人一人のがんばりをよく見守りながら、いっそう励ましていきたいと思います。
どうぞ、本年もよろしくお願い申し上げます。

2013年12月27日(金)
冬休みから御用納めへ
今年は、冬休みも、御用納めも、例年より早く始まりました。
冬休みは、21日が土曜日で、22、23日が連休となり、そのまま冬休みが始まりました。
それでも、20日の午後は、6年生がサッカーの練習試合で、第二小学校に出かけたり、
23日には、学校の体育館で石見神楽との交流会があったり、力一杯に活動する機会がありました。
サッカーの練習試合では、男子とともに、女子がたくさん元気に参加していることを、相手校の先生をずいぶん感心させたと聞きました。
ボールを怖がらずに向かっていくところがとくに良かったそうです。27日の午後も、別の学校との練習試合が予定されていましたが、
天候が良くなくて、練習だけになりました。それでもきびきび動いて練習する子どもたちの姿がありました。
また、27日は15時から、東北のひまわりの種を蒔いて育てたことをきっかけに交流し始めた、鎌田中学校と阿坂小学校
、第一小学校の代表が集まって、2回目の会を行いました。今回は、3校が作ったひまわりリレーの新聞を東北に届けてくださった中瀬古さんに、
東北の様子や一緒に行かれた方々のことを聞かせていただくことが目的でした。それによると、3校の活動をとても喜んでくださったり、
東北のひまわりを一緒に育てたいと言ってくれたりすることころがあったそうです。話を聞いて、子どもたちは、「喜んでもらえたのがうれしかった。」
「ひまわりの種をぜひ届けて活動を広げたい。」と、言っていました。
たくさん取れたひまわりの種がたくさんのところで花を咲かせていくのが楽しみです。
御用納めも、今年は28日が土曜日だったので、学校も、一日早くお休みに入りました。寒波の到来かと思う日があっても、暖かい日もあり、穏やかな年末となりました。
今年も、たいへんお世話になりました。
どなた様もよいお年をお迎えいただき、来年もよろしくお願いいたします。

2013年11月10日(日)
文化祭
雨が降ってくるだろうと覚悟していましたが、幸いなことに、少しぱらついたことがあっただけで、青空も見える好天に恵まれました。
暖かな一日となり、昼食を外でとっていただいているおうちもありました。
午前中の体育館での「落羽松祭り」は、朝9時開始という早い時間にもかかわらず、たくさんの方がお越しくださり、子どもたちも張り切って歌いました。
拍手をいただくたびに、歌声に気持ちがより強く入り、集中していきました。
5・6年生の龍神太鼓の演奏、全校での鈴踊り、ソーラン、と、それぞれの学年なりに手本となったり、真似たりしながら楽しみました。
児童数は少なくなっていますが、体育館いっぱいに響くかけ声が人数の何倍もの勢いを生み出していました。
保護者の皆様、地域の皆々様、今日は一日、子どもたちの発表や作品展示を見てくださってありがとうございました。とくに、PTA本部、
厚生部、文化部の係の皆様、前日の準備から当日の仕事まで、お世話になりました。ありがどうございました。
学習を通して、またいろいろな活動を通して、子どもたちは、自分の体験を通して文化を受け取っていきます。また、自分で創り出してもいきます。
言葉、歌、音楽、造形などなど、これからもたくさんのことを吸収し、成長していってほしいと思います。
これからも応援いただきますようお願いいたします。

2013年11月1日(金)
祝 第一小学校140周年
第一小学校は、明治5年の学制発布にともない、明治6年(1873年)に「大手小学校」が設立されたのが始まりとされています。
その後、いくつかの分校を統合したり、名前が変わったりしながら、明治42年(1909年)に、今の名前に近い「松阪第一尋常小学校」
となりました。玄関の壁には「松阪學校」という古い額が残っています。
戦後中は「松阪市立第一国民学校」となりましたが、戦争が終わると、今の名前の「松阪市立第一小学校」になりました。
校歌もこのときに作られ、「民主日本きずくなれ」と歌っています。
校舎もたびたび建て変わりました。児童数も、いちばん多いときには1,800人いた
ときもありました。たくさんの子どもが通い、学んできました。子どもとともに、おうちの方々や町の皆様も、たくさん学校にお越しいただいたことと思います。
この140年の間で、もっとも長く変わらず在り続けているのは、今では、校庭に立つ落羽松(らくうしょう)だけになりました。
明治38年(1905年)に植樹されてから100年以上を経て、第一小学校とわたしたちを見守ってくれています。
創立記念日の11月1日には、5年生が、
社会見学に出かけるので、その前日10月31日の休み時間に、落羽松の下に、全校児童が集まり、児童会役員の声がけで、校歌を歌って、お祝いしました。

2013年9月22日(日)
運動会・地区体育祭への応援、ありがとうございました。
今年は久しぶりに一週間延期しての実施になりましたが、子どもたちは、これまで練習してきたことを存分に発揮することができました。
延期した分、練習の仕方にも工夫を入れて進めてきたようですし、一人一人の気持ちの持ち直しもされていたことを感じましたが、
いちばん励みになったのは、おうちの皆様や地域の皆様からの応援でした。「自分たちのがんばりを見てもらえる」、そのことが何よりの力になりました。
精一杯走っているところに声援をいただき、また、演技の最後に大きな拍手をいただき、晴れ晴れとした表情をしている子どもたちを見守りながら、
たいへん嬉しく、誇らしく思いました。
また、今年度は、ラジオ体操を初めと終わりに入れました。会場にお越しの皆さんにも呼びかけたところ、観覧席やテントの内外でたくさんの大人の方々も
ご一緒に参加くださいました。一緒に体を動かしていただく場面になって、子どもたちともども喜んでいます。
前日準備から当日の片付けにいたるまでご協力いただきました公民館、PTA
の皆様、また各ご家庭では、子どもたちの毎日の健康管理、準備等々、たくさんのご協力をいただきました。感謝申し上げます。ありがとうございました。

ラジオ体操
2013年9月21日(土)
運動会が延期になって
台風18号の接近と上陸予定により、先週9月15日に予定していた運動会は延期にし、明日22日の実施となりました。
今日は、朝から、公民館やPTAの皆様と一緒に運動会準備を行いました。
朝の曇りもすっかり晴れて、準備が終わった頃には青空が広がりました。
明日は、いよいよ運動会・地区体育祭ができます。
たくさんの皆様をお迎えして、子どもたちも張り切って演技をしたり競技に参加したりすることと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
2013年9月9日(月) つくつくぼうしが鳴く朝
長い夏休みが終わって、学校が始まり一週間が過ぎました。
8月も猛暑続きで、雨もほとんど降らず、9月が始まってからもたいへんだろうなと心配をしていましたが、ようやく過ごしやすい朝夕がやってくるようになりました。
各ご家庭では学校の始まりに向けて、体調の調整や学習の準備などよく考えていただき、9月2日の朝の子どもたちは、すぐに学校生活のリズムを取り戻して過ごすことができました。ご協力に感謝申し上げます。ありがとうございました。
15日(日)の運動会に向けての練習も、予定通り進んでいます。練習日が雨になることを考えて余分に計画していた時間は、教室での授業に振り替えることになりました。体調を整えて当日に向かってほしいと思います。
今朝は、涼しい風が校舎の中を吹き抜けていました。
校長室も窓を開け、入り口のドアから廊下に風を通しました。
西側の窓の外にはクスノキが枝を広げています。いつの間にか、蝉の声も
つくつくぼうしになって、夏の名残りを感じました。
2013年7月25日(木)
波瀬(はぜ)の皆様、ありがとうございました。
今年で3年目になる、旧波瀬小学校でのキャンプが終わりました。
波瀬むらづくり協議会の皆様が早い時期から準備をし、わたしたちを迎えてくださいます。お陰様で、
わたしたちは、波瀬のさわやかな自然と、暖かく迎えてくださる皆様に、心も体もゆったりとさせていただいて帰ってきます。
協議会の目的の「生きるを学ぶ」は、ちょうど、第一小学校が全校で取り組んでいる学習や活動とも共通点が多く、
何をするにも大いに学ぶところがあります。キャンプの体験はそのまま、災害時に必要なことに重なり、これから活用されていくことが見えてきました。
今年はとくに、たくさんの場面で、波瀬むらづくり協議会の皆様にお世話になりました。
あまごつかみ、あまごの塩焼き、でんがら作り、和歌山街道と本陣跡の見学、満開のやまゆり鑑賞、川遊び・・など、実に充実していました。
また、川や校舎まわりの整備も大勢の方で出合いで仕事をしていただいたのだと思います。何日もかけて進めていただいたのだと思いました。
キャンプの歌の係の子どもたちが、「ふるさと」を選曲していて、行き帰りのバスの中でみんなで歌いました。
波瀬の自然、波瀬に住まわれる方々、皆、この歌に重なるように思えます。
これから子どもたちが大人になったときなどに、こうしてお世話になった波瀬での経験や風景を懐かしく思い出し、帰ってみたい、
大事な人をつれていきたい、などと思う日がきっとあることでしょう。
ほんとうにお世話になりました。ありがとうございました。


2013年6月14日(金)
ひまわりの花を咲かそう〜花壇を準備する〜
6月初めに全校で種まきをしたひまわりが次々と芽を出して育ってきたので、定植する準備をしてきました。
プール横、魚町門、運動場入り口、殿町側のフェンス沿い等々、日当たりのよさそうなところを耕したり、プランターを置いたりしました。
夏休みの地区水泳に来た子どもたちや当番の方々を迎えてくれるといいな、とか、学校沿いの道を通る人たちにも見ていただけるといいな、などと思って場所を決めました。
プールの横は、芝の根が張っていたので校務員の大西さんに小型の耕運機で土を起こしていただきました。鶏糞などの肥料も入れました。
運動場の隅もブロックの前やバックネットの裏あたりに花壇を作りました。
そうしているうちの、魚町門の脇の花壇を耕していたときのことです。
買い物帰りの近所の方々が、励ましの声をかけてくださいました。
東北からいただいたひまわりの種を育てる計画なのだとお話しすると、一人の方が、東日本大震災で被災された親戚のおうちのことを
話してくださいました。家が津波の被害にあわれたものの、2階への浸水はまぬがれて何とか生活することができたのだそうです。
けれども娘さんの仕事場が海岸寄りにあったため、娘さんは車で逃げる途中で津波に追いつかれそうになり、危険を感じて車から出て、
近くの木にしがみついたそうです。体は波をかぶってずぶぬれになりましたが、流されずにすみ、そのあと、そこより高い場所にあるお寺にのぼっていったら、
たくさんの人が逃げてきていて、自分も助けてもらったということでした。
こんなに近いところにお住まいの方にも、東日本大震災の直接のお話があったのだと改めて驚きましたし、尽きない心配をして日々を送ってこられたのだろうと
思いを馳せました。
今年、第一小学校では「東日本のことを忘れない」ための活動の一つとして、この「ひまわりの花を咲かそう」を始めたところでした。
花が咲いた頃には、校区の方々にもよびかけていきたいと相談しています。それに先だって、このように声をかけていただくことがあり、
一歩、活動が進んだことを感じました。感謝した次第です。
2013年5月15日(水)
第一小学校の活動を広げていただきました。
毎月11日の「まちなかぴかぴか大作戦」へ
2011年4月、第一小学校では、3月11日に起こった東日本大震災や被災された方々に学ぶ中、みんな、
自分たちにできることがあればどんな小さなことでもやってみよう、という気持ちでいっぱいでした。
毎月、登校指導の11日に、本町の通学班と一緒に歩いてくださっていた保護者の中瀬古さんが、
歩道などに落ちているごみを拾っては手持ちの袋に入れてみえました。「それなら自分たちもできる」「自分たちの町をきれいにすることができる」
と気付き、6年生の呼びかけで、全校で実施することにしました。
落ちているごみの中には、たばこの吸い殻もあります。汚れたものもあります。
みんな片手に軍手をはめ、班長が袋をもって、安全に十分気をつけながら、拾えるものに限って拾ってくるようになりました。
11日は、学校の職員も、各町の集合場所に、必ず出向きます。交通安全協会の各地域の指導員さん、保護者の方々、市や警察の職員さん、
たくさんの方に見守っていただいています。あちこちであいさつを交わしながら、活動を続けました。
集まったごみは、環境委員会の子どもたちがごみの種類や量を調べ、分別しました。
調べた結果を、大きな紙書いて貼りだし、一斉下校のときに紹介したこともありました。また、拾い続けるうちに、
減っていかないごみを何とかできないかと相談し、「ごみを捨てないで」と呼びかけるポスターを作りました。そのポスターは、
第一隣保館に協力していただき、貼っていただいています。
ごみの中には子どもたちの手に余るものや場所もあります。登校の途中でもあり、きれいにしたいという気持ちが不完全燃焼のまま、
学校に着く日も少なくありませんでした。
今年度、第一小学校のこの活動を知ってくださった、松阪市商店街の方々と三重信用金庫の方々が、11日に日を合わせ、
「まちなかぴかぴか大作戦」として清掃活動をしてくださることになりました。
合同で行う第1回目の5月13日には、代表の方が、時間を早め、一緒に歩きながらごみを拾って下さいました。また、
学校にも来てくださり、集まったごみを見たり、対面して挨拶をかわしたりしました。全体で、250人もの人が清掃活動をしてくださったそうです。
6年生の子どもたちは、地域のたくさんの方々にも知ってもらって、町の中をきれいにしていきたいと相談しています。
6月に向けて、よびかけのチラシを作って回覧版でまわしてもらうよう頼んだり、ポスターを作って貼ってもらおうと考えたりしています。
商店街の会長さんからは、「わたしたちの店に貼りますよ、持ってきてください。」と言っていただきましたので、さっそく実現できそうです。
この日の様子は、ケーブルテレビや新聞で報道されました。それを見てくださった松阪市環境課の方が来校され、
「わたしたちも第一小学校の活動に一緒に参加します。」と言ってくださいました。 どんなところがとくに大変かを聞いて下さいましたので、
踏み切りが道幅が狭いのに車が多く、いつ列車が通るか分からない、でもごみが多くて苦労していることを伝えましたら、
さっそく踏み切りから一緒に歩いてくださることになりました。
道に落ちているごみは、自分たちだけでは解決しきれない大きな問題でした。月に一回、歩いてくる途中で拾う程度ではきれいにはならないところもたくさんありました。
それが、こうして、大人の人たちがわたしたちの活動に賛同して、同じ目標に向かって動いてくださる、ということになりました。
心強いことです。うれしいことです。
わたしたちの活動を商店街の方々に伝え、つないでくださった中瀬古さんに感謝申し上げます。そして、それを受け止め、
たくさんの方々に広め、実行に移していただいた宮村さんを始め、銀行のみなさん、学園のみなさん、松阪市役所のみなさんに、感謝申し上げます。
ありがとうございます。
そして、これからどうぞよろしくお願いいたします。
2013年4月19日(金)
*花壇は花盛り* 委員会の仕事が続いています。
今朝も、栽培委員会の子どもたちが、教室から出てきて、プランターや鉢の花を中心に、
しっかりと水やりをしてくれました。
じょうろの水が、花や葉にかからないように、根本の土に向けて丁寧にやってくれます。
今はまだ、新年度の委員会が始まっていないので、昨年度の栽培委員が引き続き、当番活動をしています。
そこに、4年生になって、学級で栽培委員に決まった3人の女の子たちも手伝ってくれるようになりました。やる気満々です。
第一福祉会からいただいた50個あまりの鉢花は、卒業式や入学式に飾りました。その後は、
校庭や昇降口の入り口などの彩りに置いています。花を咲かせた後は、液体肥料を混ぜた水もやっています。
栽培委員の労を惜しまない努力のおかげで、鉢花も花壇の花も、色鮮やかに咲き続けています。
そのほかの委員会も、昨年度に引き続いて当番活動を続け、みんなの学校生活は順調に過ごすことができています。
2013年4月2日(火)
桜 満開の中、新年度の準備を進めています。
まぶしいほどに桜が満開です。
3月末の土曜日や日曜日から、
親子連れや散歩の方が、運動場の桜をながめてくださる姿があります。
また、平日の午後は、放課後児童クラブの子どもたちや、遊びに来た子どもたちが、
運動場で走ったりボールを蹴ったりしています。きっと、桜の花が咲き並ぶ木々も見ながら、春を楽しんでいたと思います。
今日の午後にはとうとう雨となり、散っていくのが残念ですが、しっかり眺めて、新年度の始まりに向かいたいと思います。
2013年3月19日(火)
16人が卒業しました。
春らしい日差しと暖かい風に包まれた一日になりました。
子どもたちは、朝から、6年生もいっしょに通学班で登校しました。
これまで毎朝、昇降口では、児童会役員6人が到着するとそこから、登校してくる児童に「おはようございます。」と、挨拶を始めていました。
その挨拶も、とうとう今日が最後になりました。
ところが、驚いたことに今朝は、児童会の役員でない6年生も5年生も、来る人来る人が加わり、最後は5・6年生全員が並んでの「おはようございます。」になりました。
5・6年生全員での挨拶運動は、初めてです。
今日で学校を去る6年生から、次に学校を引っ張っていく5年生に、バトンの受け渡しの一つが実現したことを感じました。
6年生の子どもたちも、卒業した後は、中学生として、学校の外から声をかけ、小学校でできたつながりが、子どもたちによって外に広がっていくと嬉しいです。
午前9時からは、体育館で、来賓14人の方々と、保護者の方々が多数お越しいただく中で、第129回卒業証書授与式を行いました。
第一小学校では、卒業式を「最後の授業」として位置づけています。
卒業生の16人の子どもたちは、一人一人が、どう参加するか、どう話してどう歌っていくか等々、練習を積み重ねながらよく考えてきたようでした。
入場時の太鼓、一言宣言、証書の受け取り、みんなへの呼びかけ、歌などと、実に気合いが入っていました。
また、在校生も、6年生の姿を目の当たりにしながら、気持ちを込めた言葉や歌声で仕上げることができました。
これまでみんなで練習してきてなかなか変わらなかったところを、今日は、見事に越えた出来映えをみせてくれました。それは、
これまでの練習や努力、指導の積み重ねの結果なのではありますが、それに加えて、卒業式という、2つとない機会と場所、
そしてたくさんの皆様が集まってくださったことが、卒業生にも在校生にも大きく働いて、練習以上のものを引き出してくれたのだと思います。
ご参加いただきました皆様、応援くださった皆様、ありがとうございました。
今後も、子どもたち、第一小学校、ともにお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。
