6 地いきの発てんにつくした人々

3、松浦武四郎(まつうらたけしろう)

 17歳(さい)から日本全国を歩いて旅(たび)するようになった武四郎は、しばらくは長崎に住んでいました。当時、長崎は、外国のいろいろな話が聞ける場所でした。長崎で蝦夷地の話を聞き、旅に出たかった武四郎は、蝦夷地の探検に向かうことになりました。何度も失敗したものの、1845年(28歳の時)にはじめて蝦夷地(今の北海道)にわたり、1846年には、カラフト(今のサハリン)まで探検しました。
 武四郎の探検は、ときには道がないところを歩いて、少しずつ調べていくというものでした。そんな、武四郎をたすけ、道あんないをして協力してくれたのが、昔から北海道でくらしていたアイヌの人たちでした。
 けわしいがけを、岩はだにしがみつきながら進むこともありました。泊(と)まるところも、食べるものもなく、一晩(ひとばん)すごしたこともありました。また、大きなクマに出会ったこともありました。
 けがをしたり、病気をしたりしてつらく、大変な思いをしたことも何度かありました。
 41歳までの間に6回北海道を調べましたが、武四郎の6回の探検は、アイヌの人びとの協力(きょうりょく)なしには、達成(たっせい)できませんでした。
 

北蝦夷余誌(きたえぞよし)
北蝦夷地(きたえぞち=今のサハリン)を歩いたときのようす
アイヌ民族(みんぞく)のほかにウィルタル族(ぞく)、ウヴフ族がくらしていました。




蝦夷漫画(えぞまんが)
アイヌ文化(ぶんか)を紹介(しょうかい)するために武四郎がかいた本
<写真はアイヌ民族のがっき>


 そして、武四郎は6回にわたる蝦夷地調査(えぞちちょうさ)の成果(せいか)としてとてもくわしい地図を作りました。

 


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