6 地いきのはってんにつくした人々

3、松浦武四郎(まつうらたけしろう)

西暦
(せいれき)

(とし)
おもなできごと
1818年
2月6日一志郡須川(いちしぐんすがわ)村〈今の松阪市小野江(おのえ)町に生まれる。
1830年
13
津藩(つはん)の平松楽斎(ひらまつらくさい)の塾(じゅく)で勉強する。
1834年
17
全国各地をまわる旅に出る。
1845年
28
第一回蝦夷地調査。(だい一回えぞちちょうさ)
1846年
29
第二回蝦夷地調査(だい二回えぞちちょうさ)で、カラフト(サハリン)を歩く。
1849年
32
第三回蝦夷地調査(だい三回えぞちちょうさ)、千島列島(ちしまれっとう)へ渡(わた)る。
『蝦夷大概図(えぞたいがいず)』という地図を作る。
1854年
37
蝦夷・カラフト・千島列島の地図を作り、江戸幕府(えどばくふ)に提出(ていしゅつ)する。
1856年
39
第四回蝦夷地調査(だい四えぞちちょうさ)、北海道西海岸(にしかいがん)に作る新しい道の予定地(よていち)を調べる。また、宗谷(そうや)岬(みさき)からカラフトにわたる。
1857年
40
第五回蝦夷地調査(だい五えぞちようさ)、石狩(いしかり)地方をくわしく調べる。
1858年
41
第六回蝦夷地調査(だい六えぞちちょうさ)、シリベツ・クスリ=釧路(くしろ)地方を調べる。
1859年
42
「東西蝦夷地山川地理取調図(とうざいえぞちさんせんちりとりしらべず)」28さつをかんせいさせる。
(武四郎のかいた地図が見えるよ。クリックしてね。)
1869年
52
明治政府(めいじせいふ)につとめる。
今の北海道の名前・国名(こくめい=支庁名)・郡名(ぐんめい)を考える。
1885年
68
大台ケ原(おおだいがはら)に登(のぼ)り、
『乙酉掌記(いつゆうしょうき)』という本を出す。
1886年
69
2回目の大台ケ原登山(おおだいがはらとざん)。
『丙戍前記(へいじゅつぜんき)』という本を出す。
1887年
70
3回目の大台ケ原登山(おおだいがはらとざん)。
『丁亥前記(ていがいぜんき)』という本を出す。
1888年
71
東京神田五軒町(かんだごけんちょう)の自宅(じたく)で亡(な)くなる。

1、松浦武四郎のページで紹介した写真や資料は、松浦武四郎記念館からお借りしました。
2、「松浦武四郎記念館(きねんかん)」へいくと、いろいろなことがわかります。
  ホームページもあるよ。
   https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/takesiro/


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