6 地いきのはってんにつくした人々

3、松浦武四郎(まつうらたけしろう)

 おじいさんになっても旅をすることを続けていた武四郎は、68歳(さい)になって、三重県と奈良県(ならけん)の境(さかい)にある「大台ヶ原」(おおだいがはら)という高い山のことを調(しら)べました。そのころはまだ、一本だたらという怪物(かいぶつ)がすむ山と言われ、登(のぼ)る人はほとんどいませんでした。武四郎は、みんなが利用(りよう)しやすいように石のかんばんをたてたり、山小屋(やまごや)をつくったりしました。
 


『乙酉掌記(いつゆしょうき)』

 武四郎は、大台ケ原を登山(とざん)した時のようすを、
『乙酉掌記(いつゆしょうき)』(明治18年)、『丙戍前記(へいじゅつぜんき)』(明治19年)、
『丁亥前記(ていがいぜんき)』(明治20年)という3冊の本に書いています。


あやかさん
あやかさん
 何をしているところなの?

大台ケ原にたてられた追悼碑(ついとうひ)

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 武四郎は、さいごまで旅(たび)をめざしていた人だったんだよ。大台ヶ原を最期(さいご)の地として決(き)めていたんだ。
 「大台ヶ原にお墓(はか)を作ってほしい」
 という願(ねが)いをうけて武四郎がなくなった後に追悼碑(ついとうひ)をたてたんだ。
 写真は三雲(みくも)中学校のみなさんが、追悼碑をおまいりしているところだよ。

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たけちゃん
たけちゃん

 


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