6 地いきのはってんにつくした人々

1、本居宣長(もとおりのりなが)

宣長先生と松阪
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 宣長先生は、江戸時代(えどじだい)の中ごろ、1730年に松阪本町(ほんまち)に生まれました。父親は松阪木綿(もめん)の問屋(とんや)をしていたのですが、宣長先生が11才の時になくなりました。そこで母とともに魚町(うおまち)の家にひっこしをしました。
 学問(がくもん)がすきな宣長先生は、母のすすめで京都(きょうと)へ医者(いしゃ)になるための勉強(べんきょう)に行き、そこでりっぱな先生について勉強をしました。そのほかにも、祭(まつ)り・行事・しばいやすもうなど、さまざまな京都の文化(ぶんか)にふれ、おおくの友だちにめぐまれました。

 やがて、宣長先生は5年あまりの京都での勉強がおわって、松阪にかえり、昼間(ひるま)は医者を、夜は町の人たちに和歌(わか)源氏物語(げんじものがたり)を教(おし)えながらたくさんの本を書きました。

 さやかさんとたけしくんが、「本居宣長記念館(きねんかん)」へ行って調(しら)べて、まとめたノートを見てみましょう。

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 左の文の青い文字にカーソルをのせると、下にせつ明が出ます。
田中先生

 宣長が生まれたころは、人口10000人ぐらいだった松阪から三井(みつい)をはじめ小津(おず)・長谷川(はせがわ)などの大きな商人(しょうにん)たちが江戸(えど=今の東京のこと)にでて商売(しょうばい)をしていました。宣長の本の中には、つぎのように書いてあります。
※三重県で松阪のあった所は、むかし「伊勢の国(いせのくに)」といいました。

宣長の本一ぶぶん


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