宣長先生は、江戸時代(えどじだい)の中ごろ、1730年に松阪本町(ほんまち)に生まれました。父親は松阪木綿(もめん)の問屋(とんや)をしていたのですが、宣長先生が11才の時になくなりました。そこで母とともに魚町(うおまち)の家にひっこしをしました。 学問(がくもん)がすきな宣長先生は、母のすすめで京都(きょうと)へ医者(いしゃ)になるための勉強(べんきょう)に行き、そこでりっぱな先生について勉強をしました。そのほかにも、祭(まつ)り・行事・しばいやすもうなど、さまざまな京都の文化(ぶんか)にふれ、おおくの友だちにめぐまれました。
やがて、宣長先生は5年あまりの京都での勉強がおわって、松阪にかえり、昼間(ひるま)は医者を、夜は町の人たちに和歌(わか)や源氏物語(げんじものがたり)を教(おし)えながらたくさんの本を書きました。
さやかさんとたけしくんが、「本居宣長記念館(きねんかん)」へ行って調(しら)べて、まとめたノートを見てみましょう。