(6)氏郷(うじさと)と茶の湯
※茶の湯…お湯をわかしお茶をたててのむこと |
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氏郷(うじさと)は、茶の湯などの文化を愛(あい)した人でもあり、千利休(せんのりきゅう)という茶の湯の名人とも親しくつきあいました。
1591年に、千利休が豊臣秀吉(とよとみひでよし)の怒(いか)りにふれて、切腹(せっぷく)を命じられました。そのときに氏郷は、千利休の息子である千少庵(せんしょうあん)を会津にあずかりました。
そして、のちに千少庵の孫(まご)たちが、「三千家(せんけ)」とよばれる3つの流派(りゅうは)をおこすことになります。このことから、氏郷は「千家の恩人(おんじん)」といわれています。
※切腹…自分で腹(はら)を切って死ぬこと
※流派…やり方のちがいによってわかれたもの |
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