5、蒲生氏郷
(がもううじさと)
(7)氏郷(うじさと)の晩年(ばんねん)
※晩年・・・一生の終わりに近い時期のこと
1593年、氏郷(うじさと)は九州に行っているときに病気にかかりました。その後、京都にあったやしきでちりょうしましたが、なおりませんでした。1595年に、40才のわかさで亡(な)くなった氏郷は、次のような和歌をのこしています。どんな気持ちだったのだろう。
※和歌…日本で古くからうたわれてきた歌
五七五七七の短歌(たんか)などがある
「限(かぎ)りあれば吹(ふ)かねど花は散(ち)るものを
心みじかき春の山風(やまかぜ)」
(はなの命には限りがあり、風など吹かなくてもいつかは散るというのに、
いそいで散らそうとする春の山風のつれねいことだ)
氏郷のお墓(はか)は、亡くなった京都のほかに松阪、日野(ひの)、会津(あいづ)にもあります。
京都にある氏郷のお墓(はか)
松阪にある氏郷の供養碑(くようひ)
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