6 地いきのはってんにつくした人々

5、蒲生氏郷(がもううじさと)


(5)会津(あいづ)の地へ
 1590年に、豊臣秀吉(とよとみひでよし)は、東北地方をおさめるために、氏郷(うじさと)を会津(あいづ)<今の福島県会津若松市(あいづわかまつし)のあたり>へ行くようにいいました。
氏郷は、会津でも城(しろ)の工事や町づくりに力を入れてとりくみました。そして、地名を「会津黒川(あいづくろかわ)」から「会津若松(あいづわかまつ)」としました。松阪と同じ「松」の字が使われています。
湊町(みなとまち)の町名
     松阪、日野(ひの)、
     会津(あいづ)の位置
あやかさん  
今の若松城(わかまつじょう)
今の若松城(わかまつじょう)    

 


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