6 地いきのはってんにつくした人々

5、蒲生氏郷(がもううじさと)

城下町(じょうかまち)で見つけたもの

本町矢下小路
本町矢下小路
(ほんまちやおろししょうじ)


道がのこぎりの歯のようにぎざぎざになっていました。見通しをわるくして、てきからせめられにくくするためだといわれています。

殿町(とのまち)と魚町(うおまち)のさかいにある背割排水(せわりはいすい)

氏郷(うじさと)は、生活をべんりにするために、「背割排水(せわりはいすい)」というみぞを町の境(さかい)につくりました。400年いじょうたった今でも、町にのこっています。
>殿町(とのまち)と魚町(うおまち)のさかいにある背割排水(せわりはいすい)

松阪商人(まつさかしょうにん)の館(やかた)
松阪商人(まつさかしょうにん)の館(やかた)

氏郷より後の江戸時代(えどじだい)には、松阪商人が活やくし、松阪は商業がさかんな町になりました。

 


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