6 地いきのはってんにつくした人々

4、大谷嘉兵衛(おおたにかへえ)

ふるさとを愛した大谷嘉兵衛

みさきさん
みさきさん
 わたしたちの住んでいる飯高町(いいたかちょう)川俣地区(かばたちく)に、「大谷橋」という橋があるよ。
 なぜ、「大谷橋」という名前がついたのかな。

 大谷嘉兵衛の生まれた川俣村は、東西に櫛田川(くしだがわ)が流れ、両岸(りょうがん)をむすぶ橋の殆どが丸木橋(まるきばし)だったので、大雨のたびに橋が落ちて流されてしまい、たいへん困っていました。村人は長年、じょうぶな鉄(てつ)の橋ができないかなあと願(ねが)っていました。このことを聞いた嘉兵衛は、必要(ひつよう)なお金の大部分を出し、橋の工事(こうじ)が始まりました。
 明治29年に橋は完成し、「大谷橋」と名前がつけられました。
 現在の橋は、4代目です。

 また、子どもが大すきで、川俣第一尋常小学校(かばただいいちじんじょうしょうがっこう)の校舎(こうしゃ)の新築(しんちく)など、ふるさとの教育に力をつくしました。


初代大谷橋


現在の大谷橋


旧川俣小学校
お熊(くま)が池(南湖)

 嘉兵衛は、ふるさとの南方の山頂(さんちょう)のくぼんだ土地にあるお熊が池をとても大切(たいせつ)にし、生きている間ずっと、心のささえ、心のふるさととしていました。
 この池は、昔から雨ごいの池として有名で、池の中には弁財天(べんざいてん)という神(かみ)さまがまつられ、毎年祭(まつ)りが行われています。
 今では、池のほとりまで舗装(ほそう)された林道がのび、気軽(きがる)に訪れることができます。

 雨ごい:雨がふるようにいのること
 舗装:道路(どうろ)の表面をアスファルトやコンクリートなどで
    固(かた)めること

 


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