2、竹川竹斎(たけがわちくさい)
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竹斎はこのほかにもお茶のさいばいによって、村をすくおうとしたり、射和万古(ばんこ)というやきものの事業(じぎょう)をすることで村がゆたかになるようにと考えました。
とくに、射和文庫という今でいう図書館(としょかん)をきょうどの人びとのためにつくり、自由(じゆう)に本を読むことができるようにしました。当時、本はとても高く、手に入りにくいものでした。そして、その中からひとりでも世の中のためになる人物が出るようにとねがいました。 |
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西暦
(せいれき) |
歳
(とし) |
おもなできごと |
1809年 |
1 |
射和で生まれる |
1820年 |
12 |
江戸店で修行(しゅぎょう)
する |
1826年 |
18 |
射和に帰る・大阪で修行 |
1828年 |
20 |
結婚(けっこん)する |
1829年 |
21 |
家をつぐ |
1837年 |
29 |
上池をつくりはじめる |
1838年 |
30 |
上池かんせいする |
1843年 |
35 |
下池をなおす |
1849年 |
41 |
お茶・くわ作りをすすめる |
1853年 |
45 |
『海防護国論(かいぼうごごくろん)』を本にする |
1854年 |
46 |
射和文庫をつくる |
1856年 |
48 |
射和万古の窯(かま)をつくる |
1882年 |
74 |
11月1日になくなる |
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竹斎57才の時の写真 |
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